たくするにも物の煮えるのを待てないほど気がせわしく、早く煮て、早く食って、早く片づけて、さらにまた食い直したいと考えるような、せかせかした婦人が弟の世話をしていた。この人が日向の「姉さん」だ。見ると和助は青くなっている。この日向家から弟に暇《いとま》を告げさせ、銀座四丁目の裏通りに住む木曾福島出身の旧士族野口寛の家族のもとに少年の身を寄せさせることにしたのも、正己の計らいからであった。半蔵の耳に入る子供の話はしきりに東京の方の空恋しく思わせるようなことばかり。下隣のお雪婆さんも一度上京のついでに、和助を見た土産話をさげて帰って来た。山家《やまが》育ちの和助も今は野口家の玄関番で、訪ねて行ったお雪婆さんが帰りがけに見た時は、彼女の下駄《げた》まで他の訪問客のと同じように庭の敷石の上に直してあったと言って、あのいたずらの好きな子がと思うと、婆さんも涙が出たとか。
 明治十七年の四月には半蔵は子供を見にちょっと上京を思い立った。万事倹約の際ではあったが、父兄に代わって子供の世話をしてくれる野口家の人たちが厚意に対しても、それを頼み放しにして置くことは彼の心が許さないからであった。この東京行き
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