もうすっかり東京日本橋本町辺のお店《たな》ものになりすましていることの、和助の方にはまだ幼顔《おさながお》が残っていることのと、兄弟の子供のうわさが出た。今一枚の写真は、妻籠の扇屋得右衛門《おうぎやとくえもん》の孫がその父実蔵について上京したおりの土産《みやげ》である。浅草《あさくさ》公園での早取り写真で、それには実蔵の一人子息《ひとりむすこ》と和助とだけ、いたいけな二少年の姿が箱入りのガラス板の中に映っている。
「アレ、これが和助さまかなし。まあこんなに大きくならっせいたか。」
またしても伏見屋未亡人なぞはそのうわさだ。
半蔵は飛騨の旅から帰って幼いものの頭をなでて見た時のこころもちを忘れない。こんな二枚の写真を見るにつけても、彼は都会の方にいる子供らの成長を何よりの楽しみに思った。お粂夫婦の話によると、あの和助のことは旧岩村藩士で碁会所でも開こうという日向照之進方によく頼んで置いて来たと言うが、正己が東京に日向家を訪《たず》ねて見た時の様子では長く弟を託して置くべき家庭とも思われなかったという。その力量は立派に二、三段級の棋客の相手になれるが、長く独身でいて、三度三度の食事のし
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