を従えてこの辺鄙《へんぴ》な山里をも歴訪せらるるすずしい光景は、街道を通して手に取るように伝わって来た。輦路《れんろ》も嶮難《けんなん》なるところから木曾路は多く御板輿《おんいたごし》で、近衛《このえ》騎兵に前後を護《まも》られ、供奉《ぐぶ》の同勢の中には伏見|二品宮《にほんのみや》、徳大寺宮内卿《とくだいじくないきょう》、三条|太政《だじょう》大臣、寺島山田らの参議、三浦陸軍中将、その他伊東岩佐らの侍医、池原文学御用掛りなぞの人々があると言わるる。福島の行在所《あんざいしょ》において木曾の産馬を御覧になったことなぞ聞き伝えて、その話を半蔵のところへ持って来るのは伏見屋の三郎と梅屋の益穂《ますほ》とであった。この二人の少年は帰国後の半蔵について漢籍を学びはじめ「お師匠さま、お師匠さま」と言っては慕って来て、物心づく年ごろにも達しているので、何か奥筋の方から聞きつけたうわさでもあると、早速《さっそく》半蔵を見にやって来る。亡《な》き伏見屋の金兵衛にでも言わせたら、それこそ前代未聞の今度の御巡幸には、以前に領主や奉行が通行の際にも人民の土下座した旧《ふる》い慣例は廃せられ、すべて直礼の容《
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