年寄役|桝田屋小左衛門《ますだやこざえもん》、同役|蓬莱屋《ほうらいや》新助、同じく梅屋五助、旧|組頭《くみがしら》笹屋《ささや》庄助、旧五人組の重立った人々、それに年若ではあるが旧《ふる》い家柄として伏見屋の二代目伊之助からその補助役清助の名まである。しかし、半蔵には何の沙汰《さた》もない。彼も今は隠居の身で、何かにつけてそう口出しもならなかった。ただ宗太が旧本陣の相続者として今度御奉公申し上げるのは、彼にはせめてものなぐさめであった。
 御巡幸に先立って、臣民はだれでも詩歌の類を献上することは差し許された。その詠進者は県下だけでもかなりの多数で、中には八十余歳の老人もあり、十一歳ぐらいの少年少女もあると聞こえた。半蔵もまたその中に加わって、心からなる奉祝のまことをわずかに左の一編の長歌に寄せた。
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 八隅《やすみ》ししわが大君、かむながらおもほし召して、大八洲国《おおやしまくに》の八十国《やそくに》、よりによりに観《み》て巡《めぐ》らし、いちじろき神の社《やしろ》に、幣《ぬさ》まつりをろがみまし、御世御世のみおやの御陵《みはか》、きよまはりをろがみまして、西の
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