歴史もあり、西にひらけた眺望《ちょうぼう》のある位置としても木曾にはめずらしく、座敷の外に見える遠近の山々も、ごちそうの一つということになった。半蔵としては、日ごろ慕い奉る帝が木曾路の御巡幸と聞くさえあるに、彼ら親子のものの住居《すまい》にお迎えすることができようなぞとは、まったく夢のようであった。
「お民、妻籠《つまご》の方でも皆目を回しているだろうね。寿平次さんの家じゃどうするか。」
「それがですよ。妻籠のお小休みは実蔵さん(得右衛門養子)の家ときまったそうですよ。」
「やっぱり、そうか。寿平次さんも御遠慮申し上げたと見える。」
半蔵夫婦の言葉だ。
そのうちに、御先発としての山岡鉄舟《やまおかてっしゅう》の一行も到着する。道路の修繕もはじまって、この地方では最初の電信線路建設の工事も施された。御膳水《ごぜんすい》は伏見屋二代目伊之助方の井戸を用うることに決定したなどと聞くにつけても、半蔵はあの亡《な》き旧友を思い出し、もし自分が駅長なり里長なりとして在職していて先代伊之助もまだ達者《たっしゃ》でいてくれたら、共に手を携えて率先奔走するであろうにと残念がった。亡き吉左衛門や金兵衛
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