ことで決して人民に難儀をかけまいぞと仰せられ、大臣以下|供奉《ぐぶ》の官員が旅宿はことさらに補修を加うるに及ばず、需要の物品もなるべく有り合わせを用いよと仰せ出されたほどであった。
 五月の来るころには、長野県の御用掛りが道路見分に奥筋から出張して来るようになった。馬籠の戸長役場のものはその人を村境まで案内し、絵図の仕立て方なぞを用意することになった。いよいよ御巡幸の御道筋も定まって見ると、馬籠駅御昼食とのことである。西|筑摩《ちくま》の郡長、郡書記も出張して来て、行在所《あんざいしょ》となるべき家は馬籠では旧本陣青山方と指定された。これには半蔵はひどく恐縮し、御駐蹕《ごちゅうひつ》を願いたいのは山々であるが、こんな山家にお迎えするのは恐れ多いとして、当主宗太を通して一応は御辞退する旨《むね》申し上げた。それには脇《わき》本陣|桝田屋《ますだや》方こそ、二代目|惣右衛門《そうえもん》のような名古屋地方にまで知られた町人の残した家のあとであるから、今の住居《すまい》は先年の馬籠の大火に焼けかわったものであるにしても、まだしも屋造りに見どころがあるとも申し上げたが、やはり青山の家の方が古い
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