》の国の山々も親しくは叡覧《えいらん》のなかったのに、初めて木曾川の流るるのを御覧になったら、西南戦争当時なぞの御心労は言うまでもなく、時の難さにさまざまのことを思《おぼ》し召されるであろうと、まずそれが半蔵の胸に来る。あの山城《やましろ》の皇居を海に近い武蔵《むさし》の東京に遷《うつ》し、新しい都を建てられた当初の御志《おんこころざし》に変わりなく、従来深い玉簾《ぎょくれん》の内にのみこもらせられた旧習をも打ち破られ、帝自らかく国々に御幸《みゆき》したまい、簡易軽便を本として万民を撫育《ぶいく》せられることは、彼にはありがたかった。封建君主のごときものと聞くヨーロッパの帝王が行なうところとは違って、この国の君道の床《ゆか》しさも彼には想《おも》い当たった。今度の御巡幸について地方官に諭《さと》された趣意も、親しく地方の民情を知《しろ》し召されたいのであって、百般の事務が形容虚飾にわたっては聖旨に戻《もと》るから、厚く人民の迷惑にならないよう取り計らうことが肝要であると仰せられ、道路|橋梁《きょうりょう》等のやむを得ない部分はあるいは補修を加うることがあろうとも、もとより官費に属すべき
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