って、しかも学ぶに難い世の中になって来た。良心あるものはその声にきいて道をたどるのほかはなかったのである。
この空気の中だ。今度木曾山を争おうとする人たちに言わせると、
「平田門人は復古を約束しながら、そんな古《いにしえ》はどこにも帰って来ないではないか。」
というにあるらしい。
これには半蔵は返す言葉もない。復古が復古であるというのは、それの達成せられないところにあると言ったあの暮田正香《くれたまさか》の言葉なぞを思い出して彼は暗然とした。ともあれ、県庁あての請願書はすでに差し出されたが、その結果もおぼつかなかった。たとい木曾谷の山林事件そのものがどう推し移ろうとも、旧領主時代からの長い紛争の種がこのままにして置けるはずもないから、自分らの代にできなければ子の代に伝えても、なんらかの良い解決を見いだしたいと彼は切に願った。
その年は木曾地方の人民にとって記念すべき年であった。帝には東山道の御巡幸を仰せ出され、木曾路の御通過は来たる六月下旬の若葉のころと定められたからであった。
この御巡幸は、帝としては地方を巡《めぐ》らせたもう最初の時でもなかったが、これまで信濃《しなの
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