は学問なしにはかなわないと、くれぐれも言いのこしたという話も出た。臨終の日も近かったおりに、あの世へ旅立って帰って来たもののあったためしのないことを思えば、自分とてもこの命が惜しまれると言ったという話も出た。
「あれで、先の旦那《だんな》も、『半蔵さんが帰ればいい、半蔵さんが帰ればいい』と言わっせいて、どのくらいお前さまにあいたがっていたか知れすかなし。」
手伝いに来ている近所の婆さんまでが、それを半蔵に言って見せた。
そのうちに村の旦那衆の顔もそろい、その日の祭りを司《つかさど》る村社|諏訪《すわ》分社の禰宜《ねぎ》松下千里も荒町からやって来た。妻籠《つまご》の寿平次、実蔵(得右衛門の養子)、落合の勝重《かつしげ》、山口の杏庵《きょうあん》老、いずれも半蔵には久しぶりに合わせる顔である。伏見屋の二階はこれらの人々の集まるために用意してあった二間つづきの広い部屋で、中央の唐紙《からかみ》なぞも取りはずしてあり、一方の壁の上には故人が遺愛の軸なぞも掛けてあった。集まって来た客の中に万福寺の松雲和尚《しょううんおしょう》の顔も見える。当日は和尚には宗旨違いでも、伏見屋の先祖たちから受け
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