とは必ず用意して置くはずの宿場にも、その必要がなくなってからは、一匹の御伝馬につき買い入れ金十八両ほどずつ、一人《ひとり》の宿人足につき手当て七両二分ほどずつ受けて来た人たちも、勢い生活の方法を替えないわけには行かない。伊勢《いせ》へ、津島へ、金毘羅《こんぴら》へ、御嶽《おんたけ》へ、あるいは善光寺への参詣者《さんけいしゃ》の群れは一新講とか真誠講とかの講中を組んで相変わらずこの街道にやって来る。ここを通商路とする中津川方面の商人、飯田《いいだ》行きの塩荷その他を積んだ馬、それらの通行にも変わりはない。しかし旧宿場に衣食して来た御伝馬役や宿人足、ないし馬差《うまざし》、人足差《にんそくざし》の人たちはもはやそれのみにたよれない。目証《めあかし》もとくに土地を去り、雲助もいつのまにか離散して見ると、中牛馬会社の輸送に従事する以外のものは開墾、殖林、耕作、養蚕、その他の道についた。切り畑焼き畑を開いて稗《ひえ》蕎麦《そば》等の雑穀を植えるもの、新田を開いて柴草《しばくさ》を運ぶもの、皆元気いっぱいだ。馬籠は森林と岩石との間であるばかりでなく、傾斜の多い地勢で水利の便もすくなく、荒い笹刈《さ
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