さが》りには蚋《ぶよ》や藪蚊《やぶか》を防ぐための火繩《ひなわ》を要し、それも恵那山のすその谷間の方へ一里も二里もの山道を踏まねばならないほど骨の折れる土地柄であるが、多くのものはそれすらいとわなかった。宿場の行き詰まりは、かえってこの回生の活気を生んだ。そこへ行くと、新規まき直しの困難はむしろ従来宿役人として上に立った人たち、その分家、その出店《でみせ》なぞの家柄を誇るものの方に多い。というのは、今までの生活ぶりも一様ではなく、心がけもまちまちで、それになんと言っても長い間の旦那衆|気質《かたぎ》から抜け切ることも容易でないからであった。そういう中で、梅屋のように思い切って染め物屋を開業したところもある。旧のごとく街道に沿うた軒先に杉《すぎ》の葉の円《まる》く束にしたものを掛け、それを清酒の看板に代えているのは、二代目伊之助の相続する伏見屋のみである。
 半蔵が帰り着いたのはこうしたふるさとだ。彼が飛騨からの若者と共に、変わらずにある青山の家の屋根の下に草鞋《わらじ》の紐《ひも》を解いたのは午後の三時ごろであった。もとより新しい進路を開きたいとの思い立ちからとは言いながら、国を出てか
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