た、そんな宮司さまの顔を見ると、子供のようにふき出したくなるそうだ。でも、あの半蔵さんのことを敬神の念につよい人だとは皆思うらしいね。そういう熱心で四年も神主《かんぬし》を勤めたと考えてごらんな、とてもからだが続くもんじゃない。もうお帰りなさるがいい、お帰りなさるがいい――そりゃ平田門人というものはこれまですでになすべきことはなしたのさ、この維新が来るまでにあの人たちが心配したり奔走したりしたことだけでもたくさんだ、だれがなんと言ってもあの骨折りが埋《うず》められるはずもないからナ。」
こんなうわさが尽きなかった。
山里も朴《ほお》、栃《とち》、すいかずらの花のころはすでに過ぎ去り、山百合《やまゆり》にはやや早く、今は藪陰《やぶかげ》などに顔を見せる※[#「くさかんむり/(楫のつくり+戈)」、第3水準1−91−28]草《どくだみ》や谷いっぱいに香気をただよわす空木《うつぎ》などの季節になって来ている。木の実で熟するものには青梅、杏《あんず》などある中に、ことに伊之助に時を感じさせるのは、もはや畦塗《あぜぬ》りのできたと聞く田圃《たんぼ》道から幼い子供らの見つけて来る木いちごであった
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