お富や子供らのこと考えるたびに、伊之助の腋《わき》の下には冷たいねばりけのある汗がわく。その汗は病と戦おうとする彼の精神《こころ》から出る。隣村山口から薬箱をさげて通《かよ》って来る医者|杏庵《きょうあん》老も多くを語らないから、病勢の進みについては彼は何も知らない。ただ、はっきりとした意識にすこしの変わりもなく、足ることを知り分に安んぜよとの教えを町人の信条とすることにも変わりなく、親しい半蔵と相見うるの日を心頼みにした。もはや日に日に日も長く、それだけまた夜は短い。どうして彼はその夏を越そうと考えて、枕《まくら》もとに置く扇なぞを見るにつけても、明けやすい六月の夜を惜しんだ。

       三

 十月下旬になって、半蔵は飛騨《ひだ》から帰国の旅を急いで来た。彼は四年あまりの一の宮(水無神社)を辞し、神社でつかっていた小使いの忰《せがれ》に当たる六三郎を供に連れ、位山《くらいやま》をもあとに見て飛騨と美濃《みの》の国境《くにざかい》を越して来た。供の男は二十三、四歳の屈強な若者で、飛騨風な背板《せいた》(背子《せいご》ともいう)を背中に負い、その上に行李《こうり》と大風呂敷
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