て行ったほどのやかまし屋ではあるが、亡くなったあとになって、何かにつけてあの隠居のことを思い出すところを見ると、やはり人と異なったところがあったと見えると、言って見るであろうと思った。その半蔵は飛騨の水無《みなし》神社宮司として赴任して行ってから、二度ほど馬籠へ顔を見せたぎりだ。一度は娘お粂が木曾福島の植松家へ嫁《とつ》いで行った時。一度は跡目相続の宗太のために飯田《いいだ》から娵女《よめじょ》のお槇《まき》を迎えた時。任期四年あまりにもなるが、半蔵が帰国のほどもまだ判然しない。
伊之助が長煩いの床の敷いてあるところは、先代金兵衛の晩年に持病の痰《たん》で寝たり起きたりしたその同じ二階の部屋《へや》である。山家は柴刈《しばか》りだ田植えだと聞く新緑のころで、たださえ季節に敏感な伊之助にはしきりに友恋しかった。彼は半蔵からもらったおりおりの便《たよ》りまで大切にしていて、病床で読んで見てくれと言って飛騨から送ってよこした旧作新作とりまぜの半蔵が歌稿なぞをも枕《まくら》もとに取り出した。その認《したた》めてある生紙《きがみ》二つ折り横|綴《と》じの帳面からしていかにもその人らしく、紙の色
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