いと思う人は、なんと言っても青年時代から同じ駅路の記憶につながれている半蔵のほかになかった。あの半蔵のような動揺した精神とも違い、伊之助はなんとかして平常の心でこのむずかしい時を歩みたいと考えつづけて来たもので、それほど二人《ふたり》は正反対な気質でいながら、しかも一番仲がよい。病苦はもとより説くも詮《せん》なきことで、そんなことのために彼も半蔵を見たいとは願わなかったが、もしあの隣人が飛騨《ひだ》から帰っていたなら、気分のよいおりにでも訪《たず》ねて来てもらって、先々代から伏見屋に残った美濃派の俳人らが寄せ書きの軸なりと壁にかけ、八人のものが集まって馬籠風景の八つのながめを思い思いの句と画の中に取り入れてある意匠を一緒にながめながら、この街道のうつりかわりを語り合いたいと思った。そうしたら彼は亡《な》き養父金兵衛のことをもそこへ持ち出すであろう、七十四歳まで生きて三十一番の日記を残した金兵衛の筆は「明治三年九月四日、雨降り、本陣にて吉左衛門どの一周忌、御仏事御興行」のところで止めてあることをも持ち出すであろう、そして「このおれの目の黒いうちは」という顔つきで死ぬまで伊之助の世話を焼い
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