い》の淵《ふち》をのぞいて見たものも、この早熟な娘だ。
「おゝ、お粂か。」
 と半蔵は声をかけながら、いっぱいに古い書類のちらかった部屋の内を歩き回っていた。お粂ももはや二十歳の春を迎えている。死をもって自分の運命を争おうとしたほどの娘のところへも、新規な結婚話が、しかも思いがけない木曾福島の植松家の方から進められて来て、不思議な縁の、偶然の力に結ばれて行こうとしている。
「お父《とっ》さん。やっとわたしも決心がつきました。」
 お粂はそれを言って見せたぎり、堅く緋《ひ》ぢりめんの半襟《はんえり》をかき合わせ、あだかも一昨年《おととし》の古疵《ふるきず》の痕《あと》をおおうかのようにして、店座敷から西の廊下へ通う薄暗い板敷きの方へ行って隠れた。


 三日過ぎには半蔵は中津川まで動いた。この飛騨行きに彼は妻を同伴したいと思わないではなく、今すぐにと言わないまでも、先へ行って落ち着いたら妻を呼び迎えたいと思わないではなかったが、どうしてお民というものが宗太の背後《うしろ》にいなかったら、馬籠の家は立ち行きそうもなかった。下男佐吉も今度は別れを惜しんで、せめて飛騨の宮村までは彼の供をしたい
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