むね》を村役場へ届けいでよとも勧めた。この男には半蔵は家に伝わる田地を分け、下男奉公のかたわら耕させ、それを給金の代わりに当ててあった。女ぎらいかと言われたほどの変わり者で、夜遊びなぞには目もくれず、昼は木小屋、夜は母屋《もや》の囲炉裏ばたをおのれの働く場所として、主人らの食膳《しょくぜん》に上る野菜という野菜は皆この男の手造りにして来たものであった。
青山氏系図、木曾谷中御免荷物材木通用帳、御年貢《おねんぐ》皆済目録、馬籠宿駅印鑑、田畑家屋敷|反別帳《たんべつちょう》、その他、青山の家に伝わる古い書類から、遠い先祖の記念として残った二本の鎗《やり》、相州三浦にある山上家から贈られた家宝の軸――一切それらのものの引き渡しの時も迫った。ほとほと半蔵には席の暖まるいとまもない。彼は店座敷の障子のわきにある自分の旧《ふる》い桐《きり》の机の前にすわって見る間もなく、またその座を立って、宗太へ譲るべき帳面の類《たぐい》なぞ取りまとめにかかった。何げなくお粂はその部屋《へや》をのぞきに来て、本陣、問屋、庄屋の三役がしきりに廃された当時のことを思い出し顔であった。家の女衆の中で最も深く瓦解《がか
前へ
次へ
全489ページ中250ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング