、長男宗太から下男佐吉らまで、いずれも雪の間に石のあらわれた板屋根の下で主人の帰りを待ち受けていた。東京を立ってからの半蔵はすでに八十余里の道を踏んで来て、凍えもし、くたぶれもしていたが、そう長く自分の家にとどまることもできない人であった。三日ばかりの後にはまた馬籠を立って、任地の方へ向かわねばならなかった。あまりに飛騨行きの遅れることは彼の事情が許さなかったからで。馬につけて来た荷もおろされ、集まって来る子供の前に旅の土産《みやげ》も取り出され、長い留守中の話や東京の方のうわさがそこへ始まると、早くも予定の日取りを聞きつけた村の衆が無事で帰って来た半蔵を見にあとからあとからと詰めかけて来る。松本以来の訓導小倉啓助は神坂村小学校の報告を持って、馬籠町内の旧組頭|笹屋庄助《ささやしょうすけ》はその後の山林事件の成り行きと村方養蚕奨励の話なぞを持って、荒町《あらまち》の禰宜《ねぎ》松下千里は村社|諏訪社《すわしゃ》の祭礼復興の話を持ってというふうに。
 わずか三日ばかりの半蔵が帰宅は家のものにとっても実にあわただしかった。炉の火を大きな十能《じゅうのう》に取って寛《くつろ》ぎの間《ま》へ運
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