は伊之助のさしずで、峠村の平兵衛に金子を持たせ、東京まで半蔵を迎えによこすとの通知もあった。今は彼も心ぜわしい。再び東京を見うるの日は、どんなにこの都も変わっているだろう。そんなことを思いうかべながら、あちこちの暇乞《いとまご》いにも出歩いた。旧|組頭《くみがしら》廃止後も峠のお頭《かしら》で通る平兵衛は二月にはいって、寒い乾《かわ》き切った日の夕方に左衛門町の宿へ着いた。
半蔵と平兵衛とは旧宿場時代以来、ほとんど主従にもひとしい関係にあった。どんなに時と場所とを変えても、この男が半蔵を「本陣の旦那《だんな》」と考えることには変わりはなかった。慶応四年の五月から六月へかけて、伊勢路《いせじ》より京都への長道中を半蔵と共にしたその同じ思い出につながれているのも、この男である。平兵衛は伊之助から預かって来た金子ばかりでなく、半蔵が留守宅からの言伝《ことづて》、その後の山林事件の成り行き、半蔵の推薦にかかる訓導小倉啓助の評判など、いろいろな村の話を彼のところへ持って来た。東京から伝わる半蔵のうわさ――ことに例の神田橋外での出来事から入檻を申し付けられたとのうわさの村に伝わった時は、意外な思
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