来て、手にする白木《しらき》の笏《しゃく》で自分を打つと見て、涙をそそぎ、すすり泣いて目をさました。
正月の末まで半蔵は東京に滞在して、飛騨行きのしたくをととのえた。斎《いつき》の道は遠く寂しく険しくとも、それの踏めるということに彼は心を励まされて一日も早く東京を立ち、木曾街道経由の順路としてもいったんは国に帰り、それから美濃《みの》の中津川を経て飛騨へ向かいたいと願っていたが、種々《さまざま》な事情のためにこの出発はおくれた。みずから引き起こした献扇事件には彼もひどく恐縮して、その責めを負おうとする心から、教部省内の当局者あてに奏進始末を届け出て、進退を伺うということも起こって来た。彼の任地なる飛騨高山地方は当時筑摩県の管下にあったが、水無神社は県社ともちがい、国幣小社の社格のある関係からも、一切は本省の指令を待たねばならなかった。一方にはまた、かく東京滞在の日も長引き、費用もかさむばかりで、金子《きんす》調達のことを郷里の伏見屋伊之助あてに依頼してあったから、その返事を待たねばならないということも起こって来た。幸い本省からはその儀に及ばないとの沙汰《さた》があり、郷里の方から
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