ていたほどだから、ちょうど客がその声をかけてはいって来たのは、自身であだ名を呼びながら来たようなものであった。お隅はそれを聞くと座にもいたたまれない。下女なぞは裏口まで逃げ出して隠れた。
 ともあれ、半蔵の引き起こした献扇事件は、暗い入檻《にゅうかん》中の五日と、五十日近い謹慎の日とを送ったあとで、こんなふうにその結末を告げた。五十日の懲役には行かずに済んだものの、贖罪《しょくざい》の金は科せられた。どうして、半蔵としては笑い事どころではない。押し寄せて来る時代の大波を突き切ろうとして、かえって彼は身に深い打撃を受けた。前途には、幾度か躊躇《ちゅうちょ》した飛騨《ひだ》の山への一筋の道と、神の住居《すまい》とが見えているのみであった。
 夜が来た。左衛門町の二階の暗い行燈《あんどん》のかげで、めずらしくも先輩|暮田正香《くれたまさか》がこの半蔵の夢に入った。多くの篤胤没後の門人中で彼にはことに親しみの深く忘れがたいあの正香も、賀茂《かも》の少宮司から熱田《あつた》の少宮司に転じ、今は熱田の大宮司として働いている人である。その夜の旅寝の夢の中に、彼は正式の装束《しょうぞく》を着けた正香が
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