るが、それに因《ちな》んでこの神坂村の名がある。郡県政治のあらわれの一つとして、宿村の併合が彼の郷里にも行なわれていたのである。
待ちに待った日はようやく半蔵のところへ来た。この申し渡しの書付にあるように、いよいよ裁判も決定した。夕方から、彼は多吉夫婦と共に左衛門町の下座敷に集まった。思わず出るため息と共に、自由な身となったことを語り合おうとするためであった。そこへ多吉を訪《たず》ねて門口からはいって来た客がある。多吉には川越《かわごえ》時代からの旧《ふる》いなじみにあたる青物問屋の大将だ。多吉が俳諧《はいかい》友だちだ。こちらは一段落ついた半蔵の事件で、宿のものまで一同重荷をおろしたような心持ちでいるところであったから、偶然にもその客がはいって来た時、玄関まで出迎える亭主を見るといきなり向こうから声をかけたが、まるでその声がわざわざ見舞いにでも来てくれたように多吉の耳には響いた。
「まずまあ、多吉さん。」
これは半蔵にも、時にとってのよい見舞いの言葉であった。ところが、この「まずまあ」は、実は客の口癖で、お隅は日ごろの心やすだてからそれをその人のあだ名にして、下女までそう呼び慣れ
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