ように書けば、それで手紙になると知った時のお寅の驚きと喜びとはなかったとか。早速《さっそく》お寅は左衛門町へあてて書いてよこした。今だにそれはお隅の家のものの一つ話になっているという。その手紙、
「はい、お隅さん、今晩は。暑いねえ。その後、亭主あるやら、ないじゃやら――ですとさ。」
お隅はこんな話をも半蔵のところに置いて行った。
騒がしく、楽しい町の空の物音は注連《しめ》を引きわたした竹のそよぎにまじって、二階の障子に伝わって来ていた。その中には、多吉夫婦の娘お三輪《みわ》が下女を相手にしての追羽子《おいばね》の音も起こる。お三輪は半蔵が郷里に残して置いて来たお粂を思い出させる年ごろで、以前の本所相生町の小娘時代に比べると、今は裏千家《うらせんけ》として名高い茶の師匠|松雨庵《しょううあん》の内弟子《うちでし》に住み込んでいるという変わり方だ。平素は左衛門町に姿を見せない娘が両親のもとへ帰って来ているだけでも、家の内の空気は違う。多吉夫婦は三人の子の親たちで、お三輪の兄量一郎は横浜貿易商の店へ、弟利助は日本橋辺の穀問屋《こくどんや》へ、共に年期奉公の身であるが、いずれこの二人《ふた
前へ
次へ
全489ページ中227ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング