過ぐるものがあろう。日本の国運循環して、昨日まで読むことを禁じられてあった蕃書《ばんしょ》も訳され、昨日まで遠ざけられた洋学者も世に出られることとなると、かつて儒仏の道の栄えたように、にわかに洋学のひろまって行くようになったことも不思議はない。この国にはすでに蘭学というものを通し、あるいは漢訳の外国書を通して、長いしたくがあったのだ。天文、地理の学にも、数学、医学、農学、化学にも、また兵学にもというふうに。外国の歴史や語学のことは言うまでもない。まったく、新奇を好むこの国の人たちは、ヨーロッパ人が物の理を考え究《きわ》めることのはなはだ賢いのに驚き、発明の新説を出すのに驚き、器械の巧みなのに驚き、医薬|製煉《せいれん》の道のことにくわしいのにも驚いてしまった。
当時、外国の事情もまだ充分には究められなかったような社会に、西洋は実にすばらしいものだという人をそう遠いところに求めるまでもなく、率先して新しい風俗に移るくらいのものは半蔵が宿の亭主多吉のすぐそばにもいた。その人は多吉の主人筋に当たり、東京にも横浜にも店を持ち、海外へ東海道辺の茶、椎茸《しいたけ》、それから生糸等を輸出する賢易
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