はまずこの世の虚偽を排することから始めようとしたのも本居宣長であった。情をも撓《た》めず欲をもいとわない生の肯定はこの先達があとから歩いて来るものにのこして置いて行った宿題である。その意味から言っても、国学は近《ちか》つ代《よ》の学問の一つで、何もそうにわかに時世おくれとされるいわれはないのであった。
もともと平田篤胤が後継者としての鉄胤は決して思いあがった人ではない。故篤胤翁の祖述者をもって任ずる鉄胤は、一切の門人をみな平田篤胤没後の門人として取り扱い、決しておのれの門人とは見なさなかったのが、何よりの証拠だ。多くの門人らもまたこの師の気風を受け継がないではない。ただ復古の夢を実顕するためには、まっしぐらに駆けり出そうとするような物を企つる心から、時には師の引いた線を超《こ》えて埓《らち》の外へ飛び出したものもあった。けれども、その単純さから、門人同志の親しみも生まれ、団結も生まれることを知ったのであった。あの王政復古の日が来ると同時に、同門の人たちの中には武器を執って東征軍に従うものがあり、軍の嚮導者《きょうどうしゃ》たることを志すものがあり、あるいは徳川幕府より僧侶《そうりょ》
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