に持ち出し、実はこれこれでおもしろくなくて、役所へも出ずに引きこもっているが、本居翁の門人で斎藤彦麿のことを聞いたことがあるかと尋ねた。恭順はその話を聞くと腹をかかえて笑い出した。江戸の人、斎藤彦麿は本居|大平《おおひら》翁の教え子である、藤垣内《ふじのかきつ》社中の一人である、宣長翁とは時代が違うというのである。
「して見ると、人違いですかい。」
「まずそんなところだろうね。」
「これは、どうも。」
「そりゃ君、本居と言ったって、宣長翁ばかりじゃない、大平翁も本居だし、春庭《はるにわ》先生だっても本居だ。」
二人《ふたり》はこんな言葉をかわしながら、互いに顔を見合わせた。
恭順に言わせると、宣長の高弟で後に本居姓を継いだ大平翁は早く細君を失われた人であったと聞く。そこからあの篤学な大平翁も他《ひと》の知らないさびしい思いを経験されたかもしれない。それにしても、内弟子として朝夕その人に親しんで見た彦麿がそんな調子で日記をつけるかどうかも疑わしい上に、もしあの弟子の驚きが今さらのように好色の心を自分の師翁に見つけたということであったら、それこそ彦麿もにぶい人のそしりをまぬかれまい。ま
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