むような空気の中で、国学の権威もあったものではない。そのことがすでに彼には堪《た》え忍べなかった。

       二

「なんだか、ぼんやりした。あのお粂《くめ》のことがあってから、おれもどうかしてしまった。はて、おれも路《みち》に迷ったかしらん……」
 新生涯を開拓するために郷里の家を離れ、どうかして斎《いつき》の道を踏みたいと思い立って来た半蔵は、またその途上にあって、早くもこんな考えを起こすようになった。
 すこしく感ずるところがあって、常磐橋の役所も退《ひ》くつもりだ。そのことを彼は多吉夫婦に話し、わびしい旅の日を左衛門町に送っていた。彼は神田明神の境内へ出かけて行って、そこの社殿の片すみにすわり、静粛な時を送って来ることを何よりの心やりとする。時に亭主《ていしゅ》多吉に誘われれば、名高い講釈師のかかるという両国の席亭の方へ一緒に足を向けることもある。そこへ新乗物町に住む医師の金丸恭順《かなまるきょうじゅん》が訪《たず》ねて来た。恭順はやはり平田門人の一人である。同門の好《よし》みから、この人はなにくれとなく彼の相談相手になってくれる。その時、彼は過ぐる日のいきさつを恭順の前
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