ければ、平田|鉄胤《かねたね》もない。平田鉄胤がなければ、結局今の教部省というものもなかったかもしれない。そのことがとっさの間に彼の胸へ来た。思わず彼はその同僚の背中を目のさめるほど一つどやしつけて置いて、それぎり役所を出て来てしまった。それほど彼もいらいらとしていた。
 十月末のことで、一日は一日より深くなって行く秋が旅にある半蔵の身にひしひしと感じられた。神田川はその二階の位置から隠れて見えないまでも、ごちゃごちゃとした建物の屋根の向こうに沈んだ町の空が障子の開いたところから彼の目に映る。長いこと彼はひとりですわっていて、あたりの町のすべてが湿った空気に包まれて行くのをながめながら、自分で自分のしたことを考えた。
「いくら人の欠点を知ったところで、そんなことが何になろう。」
 と考えて、彼はそれを役所の同僚の話に結びつけて見た。
 彼はある人の所蔵にかかる本居翁の肖像というものを見たことがある。それは翁が名古屋の吉川義信という画工にえがかせ、その上に和歌など自書して門人に与えたものの一つである。その清い眉《まゆ》にも涼しい目もとにも老いの迫ったという痕跡《こんせき》がなく、まだみず
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