き路ではなかったのかしらん。」
そう考えて、また彼は歩き出した。
仮の寓居《ぐうきょ》と定めている多吉の家に近づけば近づくほど、名のつけようのない寂しさが彼の胸にわいた。彼は泣いていいか笑っていいかわからないような心持ちで、教部省の門を出て来たのである。
左衛門橋に近い多吉夫婦が家に戻《もど》って二階の部屋《へや》に袴をぬいでからも、まだ半蔵はあの常磐橋内の方に身を置くような気がしている。役所がひける前の室内の光景はまだ彼の目にある。そこには担当する課事を終わって、机の上を片づけるものがある。風呂敷包《ふろしきづつ》みを小脇《こわき》にかかえながら雑談にふけるものもある。そのそばには手で頤《おとがい》をささえて同僚の話に耳を傾けるのもある。さかんな笑い声も起こっている。日ごろ半蔵が尊信する本居宣長《もとおりのりなが》翁のことについて、又聴《またぎ》きにした話を語り出した一人《ひとり》の同僚がそこにある。それは本居翁の弟子《でし》斎藤彦麿《さいとうひこまろ》の日記の中に見いだされたことだというのである。ある日、彦麿はじめ二、三の内弟子が翁の家に集まって、「先生は実に活神様《いき
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