ばばさき》の地から常磐橋《ときわばし》内へ引き移ったばかりで、いろいろな役所の仕事に、国学の畑の人を求めている時であった。この思いがけない奉職は、田中不二麿の勧めによる。彼半蔵の本意はそういうところにあるではなく、どこか古い神社へ行って仕えたい、そこに新生涯を開きたいとの願いから、その手がかりを得たいばかりに、わざわざ今度の上京となったのであるが、しばらく教部省に奉職して時機を待てとの不二麿の言葉もあり、それにむなしい旅食《りょしょく》も心苦しいからであった。教部省は神祇局《じんぎきょく》の後身である。平田一派の仕事は、そこに残っている。そんな関係からも、半蔵の心は動いて、師鉄胤をはじめ、同門諸先輩が残した仕事のあとをも見たいと考え、彼も不二麿の勧めに従った。
とりあえず、彼はこのことを国もとの妻子に知らせ、多吉方を仮の寓居《ぐうきょ》とするよしを書き送り、旅の心もやや定まったことを告げてやった。そういう彼はまだ斎《いつき》の道の途上にはあったが、しかしあの碓氷峠《うすいとうげ》を越して来て、両国《りょうごく》の旅人宿に草鞋《わらじ》を脱いだ晩から、さらに神田川《かんだがわ》に近い町
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