敵たる慶喜《よしのぶ》を倒し、新国家建設の大業に向かった人たちも、六年の後にはやかましい征韓論《せいかんろん》をめぐって、互いにその正反対をかつての朋友《ほうゆう》に見いだしたのであった。
明治御一新の理想と現実――この二つのものの複雑微妙な展《ひら》きは決してそう順調に成し就《と》げられて行ったものではなかった。その理想のみを見て現実を見ないものの多くはつまずいた。その現実のみを見て理想を見ないものの多くもまたつまずいた。ともあれ、千八百六十六年以来諸外国政府の代表者と日本国委員との間に取り結ばれた条約の改正も、朝鮮問題も、共にこの国発展の途上に横たわる難関であったことは争われない。岩倉大使が欧米歴訪の目的は、朝廷御新政以来の最初の使節として諸外国との修好にあったらしく、条約改正のことはその期するところでなかったとも言わるる。むしろ大使はその問題に触れないことを約して国を出発せられたともいう。その方針が遠い旅の途中で変更せられなかったら、この国のものはもっと早く大使一行の帰朝を迎え得たであろう。明治五年の五月には、大使らは条約改正の日本全権ででもあって、ついに前後三年にまたがる月日
前へ
次へ
全489ページ中136ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング