ながら結納品《ゆいのうひん》をお返し申すとの手紙を添え、染め物も人に持たせてやって、稲葉家との交渉を打ち切った。お粂はもとより、文字どおりの復活を期待さるる身だ。彼が暮田正香の言葉なぞを娘の前に持ち出して見せ、多くの国学諸先輩が求めようとしたのも「再び生きる」ということだと語り聞かせた時、お粂は目にいっぱい涙をためながら父の励ましに耳を傾けるほどで、一日は一日よりその気力を回復して来ている。妻のお民は、と見ると、泣いたあとでもすぐ心の空の晴れるようなのがこの人の持ち前だ。あれほど不幸な娘の出来事からも、母としてのお民は父としての彼が受けたほどの深い打撃を受けていない。それに長男の宗太も十七歳の春を迎えていて、もはやこれも子供ではない。今は留守中のことを家のものに頼んで置いて、自己の進路を開拓するために、しばらく郷里を離れてもいい時が来たように彼には思われた。
半蔵が旅に出る前のこと。ある易者が来て馬籠《まごめ》の旅籠屋《はたごや》に逗留《とうりゅう》していた。めずらしく半蔵は隣家の伊之助にそそのかされて、その旅やつれのした易者を見に行った。古い袋から筮竹《ぜいちく》を取り出して押し頂
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