るいはそれの省いたのもある。その面《おもて》に刻した戒名にも、皆それぞれの性格がある。これは僧侶の賦与したものであるが、一面には故人らが人となりをも語っている。鉄巌宗寿庵主《てつがんそうじゅあんしゅ》のいかめしいのもあれば、黙翁宗樹居士《もくおうそうじゅこじ》のやさしげなのもある。その中にまじって、明真慈徳居士《みょうしんじとくこじ》、行年七十二歳とあるは半蔵の父だ。清心妙浄大姉《せいしんみょうじょうだいし》、行年三十二歳とは、それが彼の実母だ。彼は伊之助と共に、それらの位牌の並んでいる前を往《い》ったり来たりした。
松雲は言った。
「時に、青山さん、わたしは折り入ってあなたにお願いがあります。御先祖の万福寺殿、それに徳翁了寿居士《とくおうりょうじゅこじ》御夫婦――お一人《ひとり》は万福寺の開基、お一人は中興の開基でもありますから、この二本の位牌だけはぜひとも寺にお残しを願いたい。」
これには半蔵もうなずいた。
三
明治七年は半蔵が松本から東京へかけての旅を思い立った年である。いよいよ継母おまんも例の生家《さと》へ世話しようとしたお粂《くめ》の縁談を断念し、残念
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