た。なぜかなら、この万福寺を建立《こんりゅう》したそもそもの人は、そういう半蔵が祖先の青山|道斎《どうさい》だからである。また、かつて松雲がまだ僧|智現《ちげん》と言ったころから一方ならぬ世話になり、六年|行脚《あんぎゃ》の旅の途中で京都に煩《わずら》った時にも着物や路銀を送ってもらったことがあり、本堂の屋根の葺《ふ》き替えから大太鼓の寄付まで何くれとめんどうを見てくれたことのあるのも、伊之助の養父金兵衛だからである。
「いや、御趣意のほどはわかりました。よくわかりました。わたしは他の僧家とも違いまして、神道を基とするのが自分の本意ですから、すこしもこれに異存はありません。これと申すも皆、前世の悪報です。やむを得ないことです。まあ、お話はお話として、お茶を一つ差し上げたい。」
そう言いながら、松雲は座を立った。ぐらぐら煮立った鉄瓶《てつびん》のふたを取って水をさすことも、煎茶茶碗《せんちゃぢゃわん》なぞをそこへ取り出すことも、寺で製した古茶を入れて慇懃《いんぎん》に客をもてなすことも、和尚はそれを細心な注意でやった。娑婆《しゃば》に生涯《しょうがい》を寄せる和尚はその方丈を幻の住居《
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