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山窓《やままど》にねざめの夜はの明けやらで風に吹かるる雨の音かな
祖《おや》の祖《おや》のそのいにしへは神なれば人は神にぞ斎《いつ》くべらなる
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この述懐の歌は、半蔵が斎《いつき》の道を踏みたいと思い立つ心から生まれた。すくなくも、その心を起こすことは、先師の思《おぼ》し召しにもかなうことであろうと考えられたからで。
新しい路《みち》をひらく手始めに、まず半蔵は自家の祭葬のことから改めてかかろうと思い立った。元来神葬祭のことは中世否定の気運と共に生まれた復古運動のあらわれの一つで、最も早くその根本問題に目を着け、またその許しを公《おおやけ》に得たものは、士籍にあっては豊後岡藩《ぶんごおかはん》の小川|弥右衛門《やえもん》、地下人《じげにん》(平民)にあっては伊那小野村の庄屋倉沢|義髄《よしゆき》をはじめとする。ことに、義髄は一日も人身の大礼を仏門に委《ゆだ》ねるの不可なるを唱え、中世以来宗門仏葬等のことを菩提寺《ぼだいじ》任せにしているのはこの国の風俗として恐れ入るとなし、信州全国|曹洞宗《そうとうしゅう》四百三か寺に対抗して宗門|人別帳
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