娘を導く良い案内者をほしかった、と言って見るのは伊之助だ。いや、たまたまこれはお粂の生娘《きむすめ》であった証拠で、おとこおんなの契りを一大事のように思い込み、その一生に一度の晴れの儀式の前に目がくらんだものであろう、と言って見るものもある。お粂の平常を考えても、あの生先《おいさき》籠《こも》る望み多いからだで、そんな悪い鬼にさいなまれていようとは思いがけなかったと言って、感じやすいもののみが知るようなさみしいこころのありさまにまでお粂の行為《おこない》を持って行って見るものもある。
 その時になると、半蔵は伊那南殿村の稲葉家へあててありのままにこの出来事を書き送り、結婚の約束を解いてもらうよりほかに娘を救う方法も見当たらなかった。しかし、すでに結納《ゆいのう》の品を取りかわし、箪笥《たんす》、長持から、針箱の類《たぐい》まで取りそろえてお粂を待っていてくれるという先方の厚意に対しても、いったん親として約諾したことを破るという手紙は容易に書けなかった。せめて仲人《なこうど》のもとまでと思いながら、かねて吉辰《きっしん》良日として申し合わせのあった日に当たる九月二十二日が来ても、彼にはそ
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