も加えに来るものを用心するかのようなばからしくくだらないことを考えて、この寺道を踏んで来たろうと、自分ながらも笑止に思った。松雲は茶菓なぞを徒弟僧に運ばせ、慇懃《いんぎん》に彼をももてなした。ふと彼が気づいて見ると、この寺で出す菓子の類にも陰と陽とがある。彼もほほえまずにいられなかった。まだ客の顔はすっかりそろわなかったから、そこに集まったものの中には、庭の見える縁側にすべり出、和尚の意匠になる築山《つきやま》泉水の趣をながめるものがある。夕やみにほのかな庭のすみの秋萩《あきはぎ》に目をとめるものもある。その間、半蔵は座を離れて、寺男から手燭《てしょく》を借りうけ、それに火をとぼし、廊下づたいに暗い本堂の方へ行って見た。位牌堂に残してある遠い先祖が二本の位牌を拝するためであった。
 間もなく方丈では主客うちくつろいでの四方山《よもやま》の話がはじまった。点火《あかり》もわざと暗くした風情《ふぜい》の中に、おのおの膳《ぜん》についた。いずれも草庵《そうあん》相応な黒漆《くろうるし》を塗った折敷《おしき》である。夕顔《ゆうがお》、豆腐の寺料理も山家は山家らしく、それに香味を添えるものがあれば、それでもよい酒のさかなになった。同じ大根おろしでも甘酢《あまず》にして、すり柚《ゆず》の入れ加減まで、和尚の注意も行き届いたものであった。塩ゆでの枝豆、串刺《くしざ》しにした里芋の味噌焼《みそや》きなぞは半蔵が膳の上にもついた。庄助は半蔵の隣の席にいて、
「へえ、お師匠さまは酒はおやめになったように聞いていましたが、またおはじめになりましたかい。」
 これには半蔵もちょっと挨拶《あいさつ》に困った。正直者で聞こえた庄助は、飲めばすこししつこくなる方で、半蔵が様子を黙って見てはいなかった。
 一同の待ち受ける秋の夜の光が寺の庭に満ちて来たころ、半蔵はまだ盃を重ねていた。いったん、やめて見た酒も、口あたりのよいやつを鼻の先へ持って来ると、まんざらでもない。それに和尚の款待《もてなし》ぶりもうれしくて、思わず彼はいい心持ちになるほど酔った。でも、彼のはそう顔へは発しなかった。やがて彼は人々と共に席を離れて縁側へ出て見たが、もはやすこし肌寒《はださむ》いくらいの冷えびえとした空気がかえって彼に快感を覚えさせた。そこここの柱のそばには、あるいはうずくまり、あるいは立ちして、水のように澄み渡った空をながめるものもある。そこは方丈から客殿へ続く回り縁になっていて、さらに本堂の裏手、位牌堂までも続いて行っている。客殿と位牌堂との間には渡れる橋もある。彼はそんな方までも歩いて行って、昼間のように明るい夜の光の照らしている橋の上にも立って見た。ふと、庭の暗いすみにうずくまる黒いものの動きが彼の目に映った。そんなところに隠れながら彼を待ち伏せしているようなやつだ。彼はその怪しい人の影をありありと見た。にわかに酒の酔いのさめたのもその時であった。顔色も青ざめながら方丈へ引き返した。
「わたしは失礼する。」
 と松雲に断わりを言って置いて、他の客より一足先に寺を辞し去ろうとしたのも、その半蔵だ。
 庄助は半蔵が飲み過ぎからとでも思ったかして、囲炉裏《いろり》ばたまでついて来て、土間に下駄《げた》をさがす時の彼に言った。
「お師匠さま、お前さまはもうお帰りか。お一人《ひとり》で大丈夫かなし。門前の石段は暗いで、お寺で提灯《ちょうちん》でも借りてあげずか。」
「なあに、こんな月夜に提灯なぞはいらん。」


「もうお師匠さまも帰りそうなものだ。」
 隠宅では、半蔵の留守に伏見屋の三郎と梅屋の益穂とが遊びに来て、お民と共に主人の帰りを待っている。お民は古い将棋盤なぞを出して来て三郎らにあてがったので、二人の弟子《でし》は駒《こま》の勝負に余念もない。その古い将棋盤は故吉左衛門の形見として静の屋に残ッているものだ。
「さあ、早くさしたり。」
「待った。」
「いつまでそんなに考え込むんだ。」
「手には。」
「角《かく》桂《けい》に、歩《ふ》が六枚。」
 下座敷の縁側に近く盤を置いて、二人の弟子はそんなことを言い合っている。しばらく縁側に出て月を見ていたお民が二人のいる方へ来て見ると、三郎は相手の長い「待った」に気を腐らして、半分ひとり言のようにお民に言った。
「お師匠さまも、あれで将棋でもなさると、いいがなあ。」
「いいがなあのようなことだ。」とお民は笑って、思わず三郎の言葉に釣《つ》り込まれながら、「ほんとに、うちは道楽というもののすくない人ですね。弓をやるじゃなし、鳥屋《とや》に凝るじゃなし、暇さえあれば机に向かって本を読んでばかり。この節は気がふさいでしかたがないと言いますから、どんなふうに気分が悪いんですかッて、わたしは聞いて見ました。なんでも、こうすわっていますと、そこ
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