にかかって、まさか彼が先祖青山道斎のこの村のために建立した由緒《ゆいしょ》の深い万福寺を焼き捨てに行くとは真《ま》に受けもしなかったが、なお二人《ふたり》してそのあとをつけた。馬籠言葉でいう小山の「そんで」(背後)まで行くと、寺道はそこで折れ曲がって、傾斜の地勢を登るようになる。蕗《ふき》の葉をかぶった半蔵の後ろ姿は、いつのまにか古い杉《すぎ》の木立ちのかげに隠れた。
 山門の前の石段を踏んで寺の境内へ出て見た時の庄助らの驚きはなかった。本堂の正面にある障子の前に立って袂《たもと》からマッチを取り出す半蔵をそこに見つけた。
「気狂《きちが》い。」
 思わず見合わせた庄助らの目がそれを言った。その時、半蔵の放った火が障子に燃え上がったので、驚きあわてた勝之助はそれを消し止めようとして急いで羽織《はおり》を脱いだ。人を呼ぶ声、手桶《ておけ》の水を運ぶ音、走り回る寺男や徒弟僧などのにわかな騒ぎの中で、半蔵はいちはやくかけ寄る庄助の手に後方《うしろ》から抱き止められていた。放火も大事には至らなかったが、半焼けになった障子は見るかげもなく破られ、本堂の前あたりは水だらけになった。この混雑が静まった時になっても、まだ庄助は半蔵の腕を堅くつかんだまま、その手をゆるめようとはしなかった。
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   終の章

       一

 とりあえず、笹屋庄助《ささやしょうすけ》と小笹屋勝之助《こざさやかつのすけ》の二人《ふたり》は青山の本家まで半蔵を連れ戻《もど》った。ちょうど旧本陣の母屋《もや》を借りて住む医師小島|拙斎《せっさい》は名古屋へ出張中の時であり、青山の当主宗太も木曾《きそ》福島の勤め先の方で馬籠《まごめ》には留守居の家族ばかり残る時であったが、これは捨て置くべき場合ではないとして、親戚《しんせき》旧知のものがにわかな評定《ひょうじょう》のために旧本陣に集まった。とにもかくにも宗太に来てもらおうと言って、木曾福島へ向け夜通しの飛脚に立つものがある。一同は相談の上、半蔵その人をば旧本陣の店座敷に押しとどめ、小用に立つ時でも見張りのものをつけることにした。
 西|筑摩《ちくま》の郡書記として勤め先にあった宗太はこの通知に接し、取るものも取りあえず木曾路を急いで来て、祭りの日の午後に馬籠に着いた。彼は栄吉や清助らの意見に聞き、一方には興奮する半蔵をなだめ、一方にはこれ以上
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