屋《ささや》の庄助《しょうすけ》と小笹屋の勝之助の二人が半蔵を見かけて、声をかけた。
「おれか。おれはこれからお寺へ行くところさ。」
「お寺へなし。」
「お前さまもまた、おもしろい格好をして行かっせるなし。」
こんな言葉も半蔵と庄助らの間にかわされた。半蔵は以前の敬義学校へ児童《こども》を教えに通った時と同じような袴《はかま》を着け、村夫子《そんふうし》らしい草履《ぞうり》ばきで、それに青い蕗《ふき》の葉を頭にかぶっている。
「今、ここへ来る途中で、おれは村の子供たちにあった。その子供たちが蕗《ふき》の葉をかぶって遊んでいたんで、おれも一つもらって、頭へ載せて来たさ。」
と半蔵は至極《しごく》大まじめだ。さびしさに浮かれる風狂の士か。蓮《はす》の葉をかぶって吟じ歩いたという渡辺|方壺《ほうこ》(木曾福島の故代官山村良由が師事した人)のたぐいか。半蔵のは、そうでもなかった。そんなトボけた格好でもしなければ、寺なぞへ行かれるものではないという調子だった。庄助と勝之助とはふき出さないばかりにおかしさをこらえて、何のための万福寺訪問かと尋ねる。
「ええ、うるさく物をききたがる人たちだ。そんなら言って聞かせるが、おれはこれから行って寺を焼き捨てる。あんな寺なぞは無用の物だ。」
との半蔵の答えだ。これには庄助も勝之助も、半蔵が戯れているとしか思えなかった。九月も下旬になったころのことで、ちょうど馬籠は秋の祭りの前日にあたる。荒町にある村社|諏訪《すわ》分社の禰宜《ねぎ》松下千里はもとより、この祭りを盛んにすることにかけては神坂《みさか》村小学校の訓導小倉啓助が大いに力瘤《ちからこぶ》を入れている。というのは、この訓導はもともと禰宜の出身だからであった。子供にはそろいの半被《はっぴ》を着せよ、囃子《はやし》仲間は町を練り歩け、村芝居《むらしばい》結構、随分おもしろくやれやれと言い出したのも啓助だ。こんな熱心家がある上に、一年に一度の祭りの日を迎えようとする氏子《うじこ》連中の意気込みと来たら、その楽しさは祭礼当日よりも、むしろそれを待ち受ける日にあるかのよう。笛だ三味線《しゃみせん》だと町内の若者は囃子のけいこに夢中になっている時で、騒がしくにぎやかな太鼓の音が寺道までも聞こえて来ている。
庄助や勝之助はこんな祭りのしたくを世話するからだではあったが、しかし半蔵の言葉が気
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