維持の方法を設けた家法改革とは名ばかり、挨拶に来る出入りの百姓が置いて行く言葉まで、半蔵の身に迫らないものはない。
夕方に、半蔵は静の屋の周囲を一回りして帰って来た。夕飯後、二階に上がって行って見ると、空には星がある。月の出もややおそくなったころであったが、青く底光りのするような涼しい光が宵《よい》の空を流れている。その時の彼は秋らしく澄み渡って来た物象の威厳に打たれて、長い時の流れの方に心を誘われた。先師篤胤ののこした忘れがたい言葉も、また彼の胸に浮かんで来た。
「一切は神の心であろうでござる。」
彼はおのれら一族の運命をもそこへ持って行って見た。空の奥の空、天の奥の天、そこにはあらわれたり隠れたりする星の姿があだかも人間歴史の運行を語るかのように高くかかっている。あそこに梅田雲浜《うめだうんぴん》があり、橋本|左内《さない》があり、頼鴨崖《らいおうがい》があり、藤田東湖《ふじたとうこ》があり、真木和泉《まきいずみ》があり、ここに岩瀬肥後《いわせひご》があり、吉田松陰があり、高橋|作左衛門《さくざえもん》があり、土生玄磧《はぶげんせき》があり、渡辺崋山《わたなべかざん》があり、高野長英があると指《さ》して数えることができた。攘夷《じょうい》と言い開港と言って時代の悩みを悩んで行ったそれらの諸天にかかる星も、いずれもこの国に高い運命の潜むことを信じないものはなく、一方には西洋を受けいれながら一方には西洋と戦わなかったものもない。この国維新の途上に倒れて行った幾多の惜しい犠牲者のことに想《おも》いくらべたら、彼半蔵なぞの前に横たわる困難は物の数でもなかった。彼はよく若い時分に、お民の兄の寿平次から、夢の多い人だと言ってからかわれたものだが、どうして[#「どうして」は底本では「どうし」]こんなことで夢が多いどころか、まだまだそれが足りないのだ、と彼には思われて来た。
月も上った。虫の声は暗い谷に満ちていた。かく万《よろ》ずの物がしみとおるような力で彼の内部《なか》までもはいって来るのに、彼は五十余年の生涯をかけても、何一つ本当につかむこともできないそのおのれの愚かさ拙《つた》なさを思って、明るい月の前にしばらくしょんぼりと立ち尽くした。
四
「お師匠さま、どちらへ。」
そこは馬籠《まごめ》の町内から万福寺の方へ通う田圃《たんぼ》の間の寺道だ。笹
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