を聞いていた。どんな白い目で極東の視察に来るヨーロッパ人でも、この淀川に浮かんで来る春をながめたら、いかにこの島国が自然に恵まれていることの深いかを感じないものはあるまいとするのも、彼だ。


 次第に淀の駅の船着場も近いと聞くころには、煙《けぶ》るような雨が川の上へ来た。公使一行の中には慣れない不自由な旅に疲れて、早く伏見へと願っているものがある。何が伏見や京都の方に自分ら外国人を待っているだろうと言って、そろそろ上陸後の心づかいを始めるものがある。舷《ふなばた》の側の狭い廊下にもたれて、暖かではあるが寂しい雨を旅らしくながめているものもある。
 日本好きなカションにして見れば、この煙るような雨にしてからが、この国に来て初めて見られるようなものなのだ。なんでも彼は目をとめて見た。しばらく彼は書記官としての自分の勤めも忘れて、大坂|道頓堀《どうとんぼり》と淀の間を往復する川舟、その屋根をおおう画趣の深い苫《とま》、雨にぬれながら櫓《ろ》を押す船頭の蓑《みの》と笠《かさ》なぞに見とれていた。そのうちに、反対な岸の方をも見ようとして、狭い汽船の廊下を一回りして行くと、公使ロセスとオランダ代
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