所と変わった。一行は無数のばからしくくだらない質問の矢面《やおもて》に立たせられた。たとえばヨーロッパにおける最新の長命術は何かの類《たぐい》だ。その時将軍は彼らオランダ人からはるかに隔たって貴婦人らの間にいたが、次第に彼らに近づいて来、できるだけ彼らに接近して、簾《す》の後方に坐《ざ》しながら、侍臣のものに命じて彼らの礼服なるカッパを取り去らせ、起立して全身を見うるようにさせろとあったから、彼らは言われるままにした。さらに歩め、止まれ、お辞儀をして見よ、舞踏せよ、酔漢《えいどれ》の態《さま》をせよ、日本語で話せ、オランダ語で話せ、それから歌えなどの命令だ。彼らはそれに従ったが、舞踏の時にケンペルは舞いにつれて高地ドイツ語で恋歌を歌った。
実際、オランダ使節の随行員はこれほどの道化役《どうけやく》をつとめたものであった。しかし彼ケンペルはそこに舞踏を演じつつある間にも、江戸城大奥の内部を細かに視察することを忘れなかった。彼は簾の隙間《すきま》を通して二度も将軍の御台所《みだいどころ》を見ることができた。彼女は美しい黒い目をもち、顔の色が鳶色《とびいろ》に見える美人で、その髪の形はひど
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