へ来た官吏は目さとくそれを見つけて、
「ホ。君は日本の煙草をおやりですか。」
と不思議そうに尋ねる。
カションはフランス人らしく肩をゆすった。さらに別のかくしから燧袋《ひうちぶくろ》まで取り出した。彼はその船中で眼前に展開する河内《かわち》平野の景色でもながめながら一服やることを楽しむばかりでなく、愛用する平たい鹿皮《しかがわ》の煙草入れのにおいをかいで見たり、刀豆形《なたまめがた》の延べ銀の煙管《きせる》を退屈な時の手なぐさみにしたりするだけにも、ある異国趣味の満足を覚えるというふうの男だ。やがて彼は煙管を口にくわえて、さもうまそうに刻みの葉をふかしていた。燧石《ひうちいし》を打つ手つきから、燃えついた火口《ほくち》を煙草に移すまで、その辺は彼も慣れたものだ。それを見ると官吏は目を円《まる》くして、こんな人も西洋人の中にあるかという顔つきで、
「へえ、君はなかなかよく話す。」
「どういたしまして。」
「へたな日本人は、かないませんよ。」
「それこそ御冗談でしょう。」
「だれから君はそんな日本語をお習いでしたか。」
「わたしですか。蝦夷《えぞ》の方にいた時分でした。函館奉行《はこだ
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