うことにした。行くえ不明の七名をそれまでには見つけて返すから、軍艦の横浜へ引き返すことだけは見合わせてほしいと依頼した。さて、通禧らは当惑した。どこにいるやもわからないようなものを必ず見つけて返すと言ってのけたからで。
その日の昼過ぎには、通禧は五代、中井らの人たちと共に堺《さかい》の旭《あさひ》茶屋に出張していた。済んだあとで何事もわからない。土佐の藩士らは知らん顔をして見ている。ぜひともその晩のうちに七人の死体を捜し出さねば、米国公使に取りなしを依頼した通禧らの立場もなくなるわけだ。一人|探《さが》し出したものには金三十両ずつやると触れ出したところ、港の漁夫らが集まって来て、松明《たいまつ》をつけるやら、綱をおろすやらして探した。七人の異人の死体が順に一人ずつその暗い海から陸へ上がって来た。いずれも着物なしだ。通禧らは人を呼んで、それぞれ毛布に包ませなぞして、七つの土左衛門《どざえもん》のために間に合わせの新規な服を取り寄せる心配までした。中井|弘蔵《こうぞう》がその棺を持って大坂に帰り着いたころは、やがて一番|鶏《どり》が鳴いた。
風雨の日がやって来た。ウエスト号という軍艦ま
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