へとして、次ぎのような手詰めの談判を意味したものであった。
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「……かくのごとき事件は世間まれに見聞いたし候《そうろう》事にて、禽獣《きんじゅう》の所行と申すべし。ついては仏国ミニストル、ひとまず軍艦ウエストの船中へ引き取りおり、なお右行くえ相知れざる人々死生にかかわらず残らず当方へ御差し返し下されたく、明朝第八時まで猶予いたし候間、この段大坂を領せらるる当時の政府へ申し進じ置き候。万一、右のとおり御処置これなきにおいてはいかようの御|詫《わ》び御申し入れなされ候とも、かかる文明国の法則に違《たが》い、のみならずことにこのほど取りきめし条約書および条約の文に違背し、また当今御門政府の周囲にありて重役を勤めおる大名の家来にかくのごときの処置行なわれ候ては、これに対し相当と相心得候処置に及び候事にこれあるべく候間、この段申し進じ置き候。謹言。」
  千八百六十八年二月、大坂において
[#地から11字上げ]日本在留
[#地から2字上げ]仏国全権レオン・ロセス
[#ここで字下げ終わり]
 ともかくも、五代、岩下らの働きから、十七日の朝八時とは言わないで、正午まで待ってもら
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