まだまちまちの説を執って疑念の晴れるところまで至っていない。三宮《さんのみや》事件はこの新政府にとって誠意と実力とを示す一つの試金石とも見られた。二月の九日になると、各国公使あての詫書《わびしょ》が京都から届いた。それは陸奥陽之助《むつようのすけ》が使者として持参したというもので、パアクスらはその書面を寺島陶蔵から受け取った。見ると、朝廷新政のみぎり、この不行き届きのあるは申しわけがない。今後双方から信義を守って相交わるについては、こんな妄動《もうどう》の所為のないようきっと申し渡して置く。今後これらの事件はすべて朝廷で引き受ける。このたびの儀は、備前家来|日置帯刀《へきたてわき》に謹慎を申し付け、下手人滝善三郎に割腹《かっぷく》を申し付けたから、そのことを各国公使に告げるよう勅命をこうむった、と認《したた》めてある。宇和島《うわじま》少将(伊達宗城《だてむねなり》)の花押《かおう》まである。
その日、兵庫の永福寺の方では本犯者の処刑があると聞いて、パアクスは二人《ふたり》の書記官を立ち会わせることにした。日本側からは、伊藤俊介《いとうしゅんすけ》、他一名のものが立ち会うという日であ
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