すでに鎮定したので、関税その他を新政府の手に収めることを先務として、兵庫開港場警衛の命を受けて来た人たちであったろう。英国兵はそれとは知らないから、備前藩の兵が大挙してやって来たのだと誤り認めて、まさに発砲するばかりになった。長州兵がそうでないと告げても、外人は信じない。長州兵の中には怒って外人の無礼を懲らそうと主張するものが出て来た。こうなると、町々は焼き払われるだろうと言って、兵火の禍《わざわ》いに罹《かか》ることを恐れる声が一層住民を狼狽《ろうばい》させた。長州兵の隊長は本陣|高崎弥五平《たかさきやごへい》方に陣取ったが、同藩の定紋を印《しる》した高張提灯《たかはりぢょうちん》一対を門前にさげさせて、長州藩の兵士たることを証し、なおその弥五平宅で英国士官と談判した。その時になって外人も備前藩の兵でないだけは諒解《りょうかい》したが、しかしこの地の占領を解くことを断じて肯《がえん》じない。長州兵はやむを得ないで奥平野《おくひらの》村の禅昌寺《ぜんしょうじ》に退いた。そこを宿衛の本拠として、その夜のうちに兵庫その他の警衛に従事した。そして非常を戒めた。
 過ぐる半月あまり安い思いも知
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