を試みたところ、一人の英人はかくしの中に入れていたナイフを執ってそれに抵抗する態度を示したというからたまらない。備前兵は怒《おこ》って一人を斃《たお》し、一人を傷つけたのだ。外国陸戦隊の上陸は、こんな殺傷の結果であった。何にせよ相手は生麦事件以来、強硬な態度で聞こえたイギリスであり、それに兵庫にはこんな際の談判に当たるべき肝心な奉行もいない。兵庫奉行|柴田剛中《しばたごうちゅう》は幕府の役人であるところから、社会に変革が起こると同時に危難のその身に及ぶことを痛く恐怖して、疾《と》くに姿を隠してしまった。この人がのがれる時には、宿駕籠《しゅくかご》に身を投げ、その外部を筵《むしろ》でおおい、あたかも商家の船荷のように擬装して、人をして海岸にかつぎ出させ、それから船に乗って去ったというくらいだ。こんな空気の中で、夕やみが迫って来た。多くの住民の中には家財諸道具を片づけるものがある。ひそかにそれを近村へ運ぶものがある。年寄りや子供を遠くの農家へ避難させるものもある。
 たまたま、三百余人の長州藩《ちょうしゅうはん》の兵士を載せた船が大坂方面からその夜の中に兵庫の港に着いた。おそらく京坂地方も
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