兵庫に在留する英国人の一人《ひとり》は神戸三宮の付近で、おりから上京の途中にある備前《びぜん》藩の家中のものに殺され、なお一人は傷つけられ、その場をのがれた一人が海岸に走って碇泊《ていはく》中の軍艦に事の急を告げた。時に英仏米諸国の軍艦は前年十二月七日の開港以来ずっと湾内にある。この出来事を聞いた英国司令官は兵庫神戸付近が全くの無統治、無警察の状態におちいっているものと見なし、居留地保護の必要があるとして、にわかに仏米と交渉の上、陸戦隊を上陸させた。そのうちの英国兵の一隊は進んで生田《いくた》に屯《たむろ》している備前藩の兵士に戦いをいどんだ。三小隊ばかりの英国兵が市中に木柵《もくさく》を構えて戦闘準備を整えたのは、その時であった。神戸から大坂に続いて行っている街道両口の柵門《さくもん》には、監視の英国兵が立ち、武士および佩刀者《はいとうしゃ》の通行は止められ、町々は厳重に警戒された。のみならず、港内に碇泊する諸藩が西洋形の運送船およそ十七艘はことごとく抑留され、神戸の埠頭《ふとう》は英国のために一時占領せられたかたちとなった。


 英国陸戦隊の上陸とともに、兵庫神戸の住民の間には非
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