いたところから隣室での話し声が手に取るように聞こえる。
「あれからですよ、どうも馬籠の青山は変わり者だという風評が立ったのは。」というのは兄の声だ。
「とかく、建白の一件は崇《たた》りますナ。」と得右衛門の声で。
「そんな変わり者だなんて言われたら、だれだって気持ちはよかない。あれで半蔵さんも『自分は奇人とは言われたくない、』と言っていますさ。」とまた兄の声で。
 夫のうわさだ。お民は片肘《かたひじ》を枕《まくら》に、和助に乳房《ちぶさ》をくわえさせ、子供がさし入れる懐《ふところ》の中の小さな手をいじりながら、隣室からもれて来る話し声に耳を澄ました。頑固《がんこ》なように見えて、その実、新しいものを受けいれ、時と共に推し移ろうとする兄と、めまぐるしく変わり行く世に迎合するでもなく、さりとて軽蔑《けいべつ》するでもなく、ただただながめ暮らしているような昔|気質《かたぎ》の得右衛門との間には、いろいろな話が出る。以前に比べると、なんとなくあの半蔵が磊落《らいらく》になったというものもあるが、半蔵は決して磊落な人ではないという話が出る。初めて一緒に江戸への旅をして横須賀《よこすか》在の公郷村
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